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最高裁判所第一小法廷 昭和47年(オ)590号 判決

主文

上告人の請求中、被上告人から上告人対する東京地方裁判所八王子支部昭和二八年(ワ)第三一六号建物収去土地明渡請求事件の執行力ある判決正本のうち建物収去土地明渡を命ずる部分に基づく強制執行の排除を求める部分につき、原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

前項の部分に関する上告人の訴を却下する。

上告人のその余の部分に対する上告を棄却する。

訴訟の総費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人水野東太郎、同荒井秀夫、同平岡高志の上告理由第一点及び第二点について。

土地所有権に基づく物上請求権の訴訟においては、現実に家屋を所有することによつてその土地を占拠し、土地所有権を侵害している者を相手方とすべきものであり、地上家屋が譲渡されたにもかかわらず、所有権移転登記が経由されないで登記簿上譲渡人所有名義のままになつていても、地上家屋の譲渡人は、現実にその敷地を占拠して土地所有権を侵害しているということができないから、このような譲渡人に対して物上請求権を行使して地上家屋の収去を求めることは許されないと解するのが相当である(最高裁昭和三一年(オ)第一一九号同三五年六月一七日第二小法廷判決・民集一四巻八号一三九六頁参照)。本件において原審の確定するところによれば、上告人は、昭和二八年八月一〇日訴外古谷亮平ほか二名より同人らの共有に属する本件建物を買い受け、昭和三三年五月一〇日右売買契約による所有権移転の仮登記を経由したうえ、昭和四〇年一一月一二日右仮登記の本登記手続を経由したこと、これよりさき被上告人は、本件建物敷地の所有権に基づき、本件建物の登記簿上の所有名義人である前記古谷ほか二名に対し建物収去土地明渡を求め、本件建物の占有者である上告人ほか一名に対し建物退去土地明渡を求める訴を提起し、被上告人勝訴の判決(以下、本件確定判決という。)が昭和三七年一一月三〇日に確定したこと、この判決の訴訟の第二審口頭弁論の終結時は昭和三五年中であつたこと、が認められるところ、右事実によれば、上告人が古谷ほか二名から本件建物の譲渡を受けたのは、本件確定判決の訴訟の第二審口頭弁論終結時以前のことがらであり、上告人は、右譲渡についての登記の如何にかかわらず、右終結時以前に本件建物収去義務を古谷ほか二名から承継したことが前記説示に照らして明らかであるから、本件確定判決のうち建物収去土地明渡を命ずる部分について、上告人は、口頭弁論終結後の承継人にあたらず、したがつて右債務名義に対する請求異議の訴につき原告適格を有するとはいえない。それにもかかわらず、上告人は右訴につき原告適格を有するとの前提のもとにその請求を棄却すべきものとし、上告人の控訴を棄却した原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)には、法令の解釈適用を誤つた違法があるものといわざるをえず、右違法は原判決中この部分の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、右の部分につき、原判決は破棄を、第一審判決は取消を免れず、上告人の訴は却下すべきものである。しかし、右債務名義に基づく建物収去土地明渡の執行が許されないとしても、被上告人の本件土地所有権に基づく上告人に対する建物退去土地明渡請求権がそれによつて消長をきたすとはいえないから、本件確定判決のうち建物退去土地明渡を命ずる部分についての上告人の請求異議を理由がないとして排斥した原審の判断は、その結論において正当であり、右部分につき、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第三点について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

したがつて、本件確定判決のうち建物退去土地明渡を命ずる部分に対する上告人の請求異議を棄却すべきものであるとした原判決は正当であり、この部分に対する上告は棄却すべきである。

よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官大隅健一郎、同岸上康夫の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官大隅健一郎の反対意見は、次のとおりである。

私は、上告理由第一点及び第二点につき、本件建物収去土地明渡を命ずる債務名義に対する請求異議の訴は却下すべきものであるとする多数意見には、賛成することができない。

(一) 原審の確定するところによれば、上告人は、昭和二八年八月一〇日、訴外古谷亮平ほか二名より同人らの共有に属する本件建物を買い受け、昭和三三年五月一〇日右売買契約による所有権移転を目的とする所有権移転の仮登記を経由したうえ、昭和四〇年一一月一二日右仮登記の本登記手続を経由したこと、これより先、被上告人は、本件建物の登記簿上の所有者である前記古谷ほか二名を相手方として、土地所有権に基づき、建物収去土地明渡の訴を提起し、被上告人勝訴の判決(以下、本件確定判決という。)が昭和三七年一一月三〇日に確定したこと、この判決の第二審口頭弁論の終結時は昭和三五年中であつたこと、が認められる。

そして、上告人は、同人が経由した前記本登記の対抗力が本件確定判決の第二審口頭弁論の終結時より前である昭和三三年五月一〇日まで遡る結果、右判決に基づく債務名義は右口頭弁論終結当時の本件建物所有者である上告人を名宛人としていないこととなるから、これによる強制執行は許されないと主張して、強制執行不許の判決を求めた。

(二) これにつき、原判決は、「物権変動に関する仮登記は単に将来なされるべき本登記の順位を保全するにすぎず、当該物権変動についての対抗力は本登記のなされた時にはじめて生ずるものであつて仮登記当時にまで遡及するものではないから、控訴人(上告人)は本件建物の前所有者古谷ほか二名の事実審口頭弁論終結後の承継人として同人らの前記確定判決に基づく建物収去土地明渡の義務を承継したものとして、前記債務名義に基づく建物収去土地明渡の執行を忍受すべき立場にあるから(この執行をなすにあたつては執行文の付与を受けるべきものであることは、いうまでもない。)、控訴人(上告人)の前記主張は採用できない。」と判示している。これは、土地所有者はその地上にある建物に対して正当な利害関係を有する者であり、その建物所有権の変動については民法一七七条の第三者に該当し、登記の欠缺を主張して建物所有権の喪失ないし譲受けを否認しうる地位にある、という見解を前提とするものといえるであろう。

これに対して、本判決における多数意見は、「土地所有権に基づく物上請求権の訴訟においては、現実に家屋を所有することによつてその土地を占拠し、土地所有権を侵害している者を相手方とすべきものであり、地上家屋が譲渡されたにもかかわらず、所有権移転登記が経由されないで登記簿上譲渡人所有名義のままになつていても、地上家屋の譲渡人は、現実にその敷地を占拠して土地所有権を侵害しているということができないから、このような譲渡人に対して物上請求権を行使して地上建物の収去を求めることは許されないと解するのが相当である。」とする見解に立ち、本件においては、上告人が訴外古谷ほか二名から本件建物の譲渡を受けたのは、本件確定判決の訴訟の事実審最終口頭弁論期日より以前のことがらであるから、上告人は、右譲渡についての登記の如何にかかわらず、口頭弁論終結後の承継人にあたらず、したがつて右債務名義に対する請求異議の訴の原告適格を有しないものであり、したがつて、上告人の右訴は却下すべきものとしている。

(三) 私は、先に述べたとおり、この多数意見の見解には賛成することができない。民法一七七条にいわゆる第三者とは、「登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する者」をいう、と解するのが従来の判例であることは周知のところであるが、この基準に照らし本件についてみるに、土地所有者である被上告人は、本件建物所有権の帰属そのものを争つているのではなく、他人の建物による自己所有の土地の不法占拠を問題にしているのであるから、本件建物の物権変動について直接登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する者とはいいがたく、厳密な意味においては、民法一七七条の第三者にはあたらないというべきであろう。

しかしながら、土地所有者は、権原なくしてその土地上に建物を所有する者に対しては、その建物の収去土地明渡及び損害賠償の請求をなしうることはいうまでもないが、土地所有者が右の請求をするについては、登記が不動産物権変動の公示方法とされている以上、当該建物について登記がなされている場合には、たとえその建物がすでに他に譲渡されて実質上所有者が変つているときでも、登記名義人を相手方として請求しうるものと解すべきである。かかる見解に対しては、あるいは不法占拠者たるや否やは事実上の観念であつて登記の有無に直接の関連を有するものではないとか、あるいは対抗関係と責任関係とは別個の法域を形成するといつた立場から、これに反対し、多数意見のような見解を支持する者が少なくない。しかし、このような見解によるならば、本件のごとき建物収去土地明渡請求事件においては、原告たる土地所有者は、登記に信頼することができず、常に建物の実質上の所有者を探究し、その者を被告として訴を提起することを強いられるのみならず、相手方においてたやすく建物所有権の移転を主張して明渡請求を困難ならしめる危険にさらされることとならざるをえない。このような不都合を避けるために、公示の原則を尊重し、土地所有者からの責任追及の相手方を明確ならしめる利益を重視して、民法一七七条の原則をこの場合に類推するのが相当であるといわなければならない。そうすれば、土地所有者は登記を経ない建物の譲受人を不法占拠者と認めることはもとより防げないが、登記名義人でである譲渡人を建物所有者すなわち不法占拠者と認めることもできるわけである。

(四) これを本件についてみるに、上告人が本件建物につき所有権移転の仮登記を経由したのは昭和三三年五月一〇日であるが、右仮登記の本登記手続を経由したのは昭和四〇年一一月一二日であるところ、物権変動に関する仮登記は単に将来なさるべき本登記の順位を保全する効力を有するにすぎず、当該物権変動についての対抗力は本登記のなされた時にはじめて生ずるのであつて、仮登記の時まで遡及するものでないことは、原判決の判示するとおりである。ところで、上告人は昭和二八年八月一〇日訴外古谷亮平ほか二名より同人ら共有の本件建物を買い受けたが、その所有権移転の本登記を経由したのは右のとおり昭和四〇年一一月一二日であるから、本件について民法一七七条の原則が類推されるものと解するならば、上告人が本件建物を買い受けてその所有権を取得した後であつても所有権移転の本登記経由前は、被上告人は、登記名義人である古谷ほか二名を不法占拠者として、これに対し建物収去土地明渡の訴を提起することができるわけである。そして、その訴において被上告人勝訴の判決が確定したのは昭和三七年一一月三〇日であり、この訴訟の第二審口頭弁論終結時は昭和三五年中であつて、上告人が本登記を経由する以前であつたことは明らかであるから、上告人は、本件建物の前所有者古谷ほか二名から事実審口頭弁論終結後に同人らの右確定判決に基づく建物収去土地明渡の義務を承継したものとして、同判決を債務名義とする建物収去土地明渡の執行を忍受すべき立場にあるものといわなければならない。本件はこのような理由により上告を棄却すべきであつて、この点における多数意見の見解は正当でないと考える。

裁判官岸上康夫は、裁判官大隅健一郎の右反対意見に同調する。

(裁判長裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一 裁判官 岸上康夫)

裁判官大隅健一郎は退官につき署名押印することができない。

(裁判長裁判官 藤林益三)

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